3月に思う(1)

学園の安心・安全

毎年この時期になると思い出すことがあります。

今から31年前になりますが、1988年私はイラン住友商事社長としてテヘランに駐在していました。

2月28日に一時帰国して東京で関係の部との打ち合わせをしていた時「テヘラン事務所から国際電話です」と呼び出され電話にでたところ、「市内で大きな爆発があった、どうやらミサイルらしい」とのことでした。

私はとりあえず駐在員全員を平時から確保していたカスピ海の避難所(別荘)に移動するよう指示しました。

そして私は早速3月3日にイラン航空で東京からテヘランに帰任する手配をしました。

北京経由の直行便で所要時間約17時間、このフライトに非常時ということで日本航空の河野支店長が乗っておられました。

乗客は2人でした。

それから4月20日頃までイラクによるスカッドミサイルの攻撃が連日にわたり続きましたが私自身はテヘランにとどまり、駐在員の脱出作戦にあたり、3月20日には全員脱出、帰国してもらうことができました。

事務所や現地スタッフの今後の事など一連の仕事を済ませ私が帰国したのは4月10日です。その間約一ヶ月の経験が

今も役立っていることをすこしお話したいと思います。

テヘランにおいては平時からあらかじめリスク管理を行ってはいましたが「、いざとなったらどうする?」ということを念頭に非常事態体制を構築しておく重要性をさらに身をもって感じることができました。

当時を思い出しますと、脱出用の航空券、現金、食糧はもとより、ガソリン、電源、スペアタイア、最後は毒ガスの攻撃に備えて、つなぎの防護服までとりよせました。

幸い全員無事に帰国、イランはその年の7月に終戦となったのでした。

このような恐ろしいことが平和な国、日本で起きるべくもありませんが、この経験を活かし、平時から災害や事故に備える必要があると痛切に感じたことは確かです。

麹町学園にきてからは、ご家族にとってかけがえのないお嬢様たちをお預かりしているという事を考え、まず生徒・職員の安心安全の面についてしっかりと取り組みました。

さて毎年、この時期に、当時の駐在の仲間(戦友?)とは六本木のイランレストランで集まり、今となっては懐かしい思い出話に花を咲かせています。

次にもうすこし詳しく学園の安心安全面に力を注いだお話をしましょう。

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