理事長ブログ

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  • 「夏休みのある日に思った事」

    夏休みですが、夏期講習も終わり、部活動や自習をする生徒たちで学校も賑わっています。今年の夏も暑く、9時過ぎにはもう全身が汗ばんできます。

    カフェテリアで一人の生徒が大汗をかいて自習をしていました。あまりに暑そうにしているので、思わず「校長室はクーラーが効いて冷えているから、少し涼んでいきなさい」と声をかけました。高校三年生の生徒でしたが、私のその言葉に驚いたような表情を見せました。思わず、何か妙な事でも言ったのかな、とこちらも戸惑ってしまいましたが、つまりは、今まで校長室に一度も入った事がなかったので私の言葉に驚いたようです。それほど校長というものと生徒の間に距離があるのかと、思わず複雑な思いを覚えてしまいました。朝の玄関でのあいさつや、できるだけ時間を見つけて昼食を生徒と一緒に取るようにしているのですけど、まだまだですね。

    例えば「長幼の序」というのは、年長の者に対する基本的な礼儀の一つであるとは思っていますが、それはそれとして、われわれ教育者と生徒との間に何かコミュニケーションを阻むものがあるとしたら、それがどんなに些細なものであっても、取り除いていくべきです。

    たまたま調理準備室の前を通った時、カレーのいい匂いがして、ご馳走になってしまいました。私好みのピリ辛ではなく甘いカレーですけど美味しくいただきました。食べ終えると、近くの生徒が飛んできてお替りを勧めてくれましたが、もうお腹いっぱい。でも、ちょっと嬉しかった。

    今日、私が感じた事は他愛もないことかもしれません。
    しかし、われわれ教育者にとってはとても大切な事だと思います。

  • 「わたしが一番きれいだったとき」

    最近新聞を読んでいて、何度かある女性詩人の名前を目にしました。その名は茨木のり子氏(1926-2006)。昨今の新聞一面をよく飾る「キナ臭い」記事下の書籍広告で見かけました。

    お断りしておきますが、私は政治的な事に意見を申し上げようなどとは毫も思っておりません。しかし、どうにも「キナ臭い」記事の下で彼女の名前を見つけ、その代表作である「わたしが一番きれいだったとき」の詩を思い浮かべ、彼女の詩を思い出し、複雑な思いを持ちました。

    この詩は多くの教科書にも掲載され、ご存知の方も多いかと思います。最初の一節は「わたしが一番きれいだった時 街々はがらがら崩れていって」から始まり、最期は「年取ってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね」で結ばれます。この詩はアメリカで “When I was Most Beautiful” として曲にもなっています。反戦の。

    茨木のり子氏のこの詩は、あまりにも重苦しい時代を、サラリと、本当にサラリと人の心を「ささくれ立たせることなく」、その胸に届けていると思います。最後の「ね」というくくりの一文字が誠に身近で、一人の詩人の存在感をより強く際立たせています。

    評論をやりたい訳ではありません。異論もあるかと思いますが、私はこの詩を読むと、男の感受性で、果たしてこのような表現ができるのか、と感じざるを得ません。彼女の観察眼は、世界と身の回りとを同時に見つめています。それができるのは女性特有の資質ではないでしょうか。「日常を忘れてはいけない、自分を忘れてはいけない」。

    改めて茨木のり子氏の詩を読み直し、感じたところです。

  • 「私の大切な時間 生徒たちとのランチタイム」

    私にとって、玄関の前での生徒たちとの朝の挨拶”Good Morning”は1日の中でとても大切な時間ですが、もう一つ大切な時間があります。これは、朝の挨拶のように、毎日という訳にはいかないのですが、それは「生徒たちとのランチタイム」です。

    出来るだけ時間を作って、昼食を生徒たちと一緒に取るようにしています。このランチタイムは生徒たちを理解するうえでとても有意義なのです。外国人とのビジネスでは” Lunch Meeting”というのはごく普通の事で、昼食を取りながらフレンドリーな雰囲気の中でミーティングを行います。

    ちょっと話がズレるかもしれませんが、動物にとって「食べている時」は相当に緊張した瞬間です。食事中の猫に触って猫パンチを喰らった経験って、ありませんか? しかし、人間は違うのです。社会性を持った生き物ですから、一緒に食事をしている者は「仲間」なのです。「同じ釜の飯を食った仲」という言葉があるように。

    校長と生徒という関係が、ランチタイムを共に過ごす時には、同じ目線になる事ができるのです。会話が始まれば、生徒もオープン、もちろん私もオープンです。初めて昼食を共にした生徒から「先生ってこんな人だったんだ」と言われることもあります(今まで、どう思われていたのか、知りませんが…)。生徒たちの夢や悩みを感じることができます。時には学園への要望が遠まわしに聞こえてくることもあります。

    あくまでも、できる限り、という事になりますが、生徒たちとのランチタイムは私にとっての大切なコミュニケーションです。
    であると同時に、とても楽しい時間なのです。

  • 「社会に出た女性たちの目に映る“ガラスの天井”」

    ガラスの天井という言葉を耳にされた事のある方は多いと思いますが、つまりは社会に出て働く女性たちが突き当たる「見えない障害」という事です。これは日本だけではなく、世界中いたるところで見られる事実です。

    麹町学園が設立されたのは明治38年であり、当時は今よりも残念ながら女性の社会的な地位が低かったと言わざるを得ません。その時代にあって、私の祖父が女子教育の必要性を強く感じ、志を持って一世紀を超えるこの学園の歴史の嚆矢となりました。

    いまだにガラスの天井は容易には破れません。しかしながら、いつの日にか、必ず破ることができます。できる筈です。今、世界で女性がリーダーとなって、時代の変革の中、自国の先導役を担っている国が増えてきました。この傾向はまだまだこれからも続くと考えます。ベンチャーと呼ばれる企業の創設者の中にも女性の姿を多く見つけることができます。学園創立の時代から考えれば、まさに隔世の感があります。ガラスの天井は確実に薄くなってきています。

    と言いましても、決してガラスの天井を破る事が、ただ単に男女が肩を並べるという事だけではないと思います。その本当の意義は、女性たちが社会の中でそのガラスの天井を打ち破るという力をつける、その事にあるのではないでしょうか。

    いずれ必要になる、そのための力を養う事が我々の至上の使命であると考えます。

  • 「英語は度胸が7割 沈黙はダメ」

    この夏からニュージーランドへ3ヶ月留学する生徒たちを校長室で激励しました。英語が既に堪能な生徒ではありません。これから、それを学びに行くのです。これは私がいつも言っていることですが、英語は「コミュニケーションの道具」です。英語に限りませんが、外国語はとにかく声に出してみる事から身に付くものです。度胸7割、ボキャブラリー3割の世界です。これは私がかつてのビジネスマン時代に、ペルシャ語やベトナム語を覚えた経験から断言できることです。

    とにかく、最初は戸惑うのが当たり前ですが、何としてでも勇気を出して言葉を口に出すのです。沈黙はダメ。何も考えていないか、相手を無視していると取られかねません。つまりコミュニケーションが成立しないという事です。外国の人は、自分たちの言葉を一生懸命話そうとしている他国の者に、敬意と好意を表してくれます。

    解らなくても、だんまりはダメ。”Let me see… Beg pardon?”(えーっと… 何とおっしゃいましたっけ?)とか、”What should I say…”(何て言ったらいいのかなぁ…)と、つなぎの言葉を入れます。そして、口を横一文字に閉じて”mmmmm…”とワンテンポおいて、やおら自分の考えを話し始めます。これが会話の流れというもの。はい、コミュニケーションは途切れずに進みます。

    私の朝の挨拶 ”Good morning!” に戸惑いながらも答えてくれた生徒たちの中で、最初「先生、私、英語は苦手」と言っていた生徒がいましたが、いまや英検3級を目標に頑張り始めています。

    あくまでも一般的な傾向ですが、女子は言語能力が高いと言われています。

    ニュージーランドから生徒たちが帰ってくる3ヶ月後が、楽しみです。

  • 「夏休みです。林間学校レポート:その2」

    林間学校も最後の三日目となりました。

    わずか三日とはいえ、生徒たちには充実した時間であったと思います。集合や点呼なども、最初はギコチなさを感じましたが、それが自発的に整然と行えるようになっていました。自然と親しみ、互いの気持ちを分かりあえるようになり、友達関係を深め、そして団体行動にも慣れる、というまさにこの林間学校の成果を実感できました。

    二日目の山登りでも、年寄り(まだそれほどではありません)には負けたくないのか、私を追い越して行く生徒たちの姿を見て、それも成長の一つであると感じました。ちょっと、悔しいですけど…。

    最後の三日目、西湖いやしの里根場での体験学習、「匂袋造り」や「練香造り」「猫繭作り」「レリーフ作り」など、日頃、触れる事の少ない経験は、こうした学園外活動での大きなイベントです。ちなみに「練香」とは粉末状の香木やハーブを混ぜて蜂蜜などで練った香で、直接火を点けるのではなく熱した灰の上で焚くものだそうです。「猫繭」とは繭の殻に色付けをして「猫」を創るクラフトワークです。

    お昼は地元の名物「ほうとう鍋」です。これを、生徒が自ら作って食します。枯葉、小枝を集めて火をおこしますが、その時、マッチに慣れていないのでしょう、使い方が下手で、思わず「貸してみなさい」と手を出したくなるのをこらえて見ていましたが、これも体験学習。思わず時代の差を感じてしまいました。

    9月1日に皆と、元気な姿で会えることを楽しみにしています、という言葉で、林間学校の閉講式を締めくくりました。

    帰りのバスの中では、生徒も教員も爆睡…。

  • 「夏休みです。林間学校レポート:その1」

    夏休みに入り、中学1年の林間学校に行ってまいりました。場所は山梨県河口湖方面。もちろん、私は大事な生徒を預かる引率としての同行です。ですが、好天に恵まれて、なかなかに楽しい気分です。初日だけは世界遺産となった富士山に雲がかかって、その雄大な姿を見る事ができませんでしたが、二・三日目には姿を見せてくれました。

    初日の午後はカチカチ山でハイキングです。生徒たちは勾配のきつい山道を元気に登って行きます。林間学校はもちろん「学習」の一環ですが、学園の中とは違った解放感があるのは確かです。仲間たちと楽しそうに、元気いっぱいで山の頂上を目指して行きます。その姿には頼もしさすら感じてしまいます。

    私も、この季節の自然に触れると思わず走り回りたいような高揚感を覚えますが、現実は最後の登り道では自らのズボンをつかんで足を上げないと、前に進めない状態…。日頃、テニスで鍛えた体、という自信が…。でも、遅れ気味で登ってくる仲間を途中で待って、声をかけて励ましている生徒たちの姿を見ると、微笑ましく、こちらも「もう一息、ファイト一発!」の気持ちになります。

    こうした事は、その一つ一つが思い出となっていきます。それは、いくつになっても思い出せる、全ての時間がどれをとっても記憶の中にホンワリと温かく残る景色となります。

    それは大人になっても同じ事なのです。思い出とは「過去」ではありますが、それを作っているのは「今」です。思い出とは過ぎ去ったものではなく、連綿と今につながっています。

    さあ、この三日間で、心が温まる思い出を作りましょう。

  • 「女性はストレスに強いと言いますけど…」

    俗説として「女性はストレスに強い」などと言われていますが、私が知る限り、これには明確な根拠はない筈です。単純なものでは「女性の方が長生きである」とかいった些末な事が理由として挙げられるそうですが、それで女性の方がストレスに強いなどと決めるのはナンセンスでしょう。ストレスの元となる「ストレッサー(何らかの刺激)」は各人のパーソナリティ、環境によって違い、単純には測れません。

    ただ、あくまでも教育の現場に携わってきた者としての経験則としてですが、そのストレスに対しての「対応」という事では、女性の特質があるのかな、と感じることはあります。と言いますのは、単純に男女の違いを述べれば、比較的知られているストレスに対する「闘争・逃避(Fight or Flight)」という反応がありますが、男性が「闘争」しやすいのに比べて、女性は「逃避(これは表現がおかしい…)」、正確に言えば「回避」の方向に向かおうとする力が強いと感じます。つまり、コンフリクト(衝突)を避けようとする傾向です。

    これは飛躍した表現かもしれませんが、「お互いの絆、相手への思いやり」の方を重視するという姿だと思います。不謹慎な表現ですが「戦闘的な女性」も稀にはいるのかもしれませんが、多くの女性はお互いに衝突を避け合い、「徐行」に入って、上手くすれ違います。それは「要領」といったものではなく、「仲間」という意識が強いからではないでしょうか。女性は「おしゃべり」といいますが、これは日頃から、どんな些細な事でもコミュニケーションを図ろうとしているからです。

    その意味では確かに「女性はストレス、コンフリクト回避の達人」であるのかもしれません。

  • 「私が女性の可能性に気付いた時」

    唐突ですが、かなり昔の定番謎々に「車の中で180円の部品があるけど、何?」というものがありましたが、ご存知の方はもうあまりいらっしゃらないでしょうね。答えは「ハンドル(半ドル)」です。1ドルが360円の固定レートだった時代のなぞなぞです。

    1973年に円は変動相場制となり、今や日本経済の力はその当時とは比べ物にならないくらい強くなり、1ドルも100円前後の時代です。この話はまだ冒頭のなぞなぞが通じる時代、1957年の事です。その頃は日本経済も本格的な高度成長に入る前の時代です。

    私はAFS(高校生の交換留学)に参加する機会に恵まれ、まだ、日本では海外に行くことが一般的ではなかった時代、各国の人々に接する事ができました。AFS参加者の半数が女性でした。その中で強く感じた事は「女性の可能性」、つまりポテンシャリティの高さです。

    そこでは、後に一国の外務大臣になった方や、大手企業のトップに立つほどの女傑たちがまだ若い日を過ごしていましたが、とにかく「できる」女性たちが目立ちました。ビジネスの世界に入ってからイランやベトナムなどの駐在経験で、その自分の若き日の思いはやはり間違っていなかった、という感を強く持ちました。

    その女性たちの「できる」所は何か? それは学習能力もさることながら、特筆すべきは「高いコミュニケーション能力」でした。自分の考えを臆することなく主張し、その上で相手の考えに耳を傾けてそれを理解する。決して自分の考えを相手に押し付ける事はありません。

    これは個人的な思いなのですが、「女性が強いほど」、物事がスムーズにうまくいくようです。女性が世界を牽引する日は、近い…?

  • 「朝です。Good Morning !」

    自慢ではありませんが、私は早起きです。朝の爽やかな時間は余裕を持って楽しみたいものですから。そして、私の学園での一日は玄関の前に立つことから始まります。生徒たちを迎えるためです。皆への挨拶は「Good Morning !」。

    誰もが知っている英語ですが、慣れていない生徒はこの私の挨拶に最初は戸惑い、照れたような仕草を見せます。中には嫌がっている生徒もいるのでしょうか。しかし、私はひるみません。生徒とのコミュニケーションは「挨拶」から始まります。

    しかし、なぜ「おはよう」ではなく、「Good Morning !」なのか。確かに英語ですが、特段の言葉でもありません。世界中の朝にあちこちで交わされる言葉です。「Hello」も「Hi」もありますが、挨拶はまず相手を認める行為です。以前に世界の様々な国をビジネスで訪れましたが、コミュニケーションの最初は当然ながら、まず挨拶です。相手を認め、そこからビジネスは始まります。コミュニケーションの基本。

    私は学園の方針として、これからの教育には「英語」が不可欠であると考えています。英語はそれほど特殊なものではないのです。特に日本人の場合、知識は十分に持っているのに、口に出てこない。国民性なのか、口に出すのをはにかむ人が多いですね。英語はコミュニケーションのための道具です。まずは、口にしてみる事が一番。

    最初は戸惑い、照れていた生徒たちも慣れてくると、元気に「Good Morning !」と応えてくれます。

    OK !それでいいのです。明るい挨拶は、相手の胸に飛び込み、コミュニケーションの扉を開いてくれます。

    「朝です。Good Morning !」。

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