理事長ブログ

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  • 「いよいよアイルランドへ!修学旅行」

    170926アイルランド大使日中は相変わらず汗ばむ陽気ですがそれでもすこしずつ秋めいてきました。

    今年は10月14日から9日間、中学2年生が修学旅行でアイルランドを訪問します。

    生徒たちはとても楽しみにしているようです。

    昨日、山本校長と大谷学年主任と3人でアイルランド大使館を訪ねてバリントン大使にお会いしました。

    大使にお目にかかるのは久しぶりでしたが、温かく迎えてくださいました。

    大使館は学園から徒歩3分、文字通りお隣組です。

    今年は日本とアイルランドの国交樹立60周年の年です。

    この記念すべき年に麴町学園が新しい取り組みとしてアイルランドを修学旅行の地に選んだことを、大使は大変喜んでおられました。

    60人近い生徒がまとまってアイルランドまで中学の修学旅行にいくのは、関東圏でははじめてのことのようです。

    日程表をご覧になって、滞在するキルケニーという町、また、交流先の女子学校セントブリッジスカレッジ(1831年創立)の創立者のお話など熱心にしてくださいました。

    最後に大使から「生徒達の安全とこの企画が、これから長く続くことをとても期待しています」とお言葉をいただきました。

    「帰国後は是非お土産話をお願いします」と山本校長がバリトン大使から宿題をいただいて学校に戻りました。

    緑ゆたかなアイルランドで感受性ゆたかなみなさんはどんな体験ができるでしょうか。

    忘れられないたくさんの思い出を持ち帰ることできると思います。

    元気でいってらっしゃい!

  • 「マルチナ先生行ってらっしゃい!」

    外国語指導助手(ALT)として一昨年カナダから麴町学園にきていたマルチナ先生は新しい人生の道を歩むことになり、間もなくカナダへ帰国されます。

    生徒の間ではもちろん、先生達にも人気が高く、皆が引き続き麴町学園で教えてほしいと願っていたのですが・・・。

    170626マルチナ先生マルチナ先生がちょうど着任された時期に完成した、3階のインターナショナルラウンジに常駐してくださり、ランチタイムや放課後に生徒達とコミュニケーションをとったり学校説明会にも参加してくださいました。

    もう一人のALTでアイルランドから来られたキット先生と、そして安河内先生のデスクもこのインターナショナルラウンジにあります。

    マルチナ先生はアートにも興味があることから、ラウンジのインテリアについて、また、その運営についてもアイデアと工夫をしてくださり、おかげでこのラウンジはとてもポップな空間となりました。

    教室とは違った明るい色使い、壁にかけてあるポスターやアートなど異次元の空間は訪れる生徒達にとっても楽しい気持ちになれる場所です。

    また、茶道、華道の授業にも生徒達と一緒に受講するなど、私の目からみてもその積極性、自主性は尊敬に値するものでした。

    此の度帰国が間近になり、恒例の七夕パーテイ―でマルチナ先生のお別れ会も開催しました。

    ラウンジには大勢の中学生、高校生が詰めかけて賑やかにゲームなどをして別れを惜しみました。

    マルチナ先生は具体的な将来計画のお話を聞いていませんが選択肢の一つとしてもしかして日本にもどる可能性もあるようです。

    BON VOYAGE!

    マルチナ先生いってらっしゃい!

    麹町学園へのお帰りを心待ちに、先生のご活躍をみなで祈っています

  • 「St. Patrick’s Day に思う」

    去る3月17日、駐日アイルランド大使のご招待で St. Patrick’s Day に因んだ「アイルランドの夕べ」のレセプションに出席しました。

    アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日が3月17日で、国の祝祭日です。

    この日は国際的にもいろいろな都市でシャムロック(下記注参照)を身につけたりして、ゆたかな大地アイルランドを象徴する「緑色」一色でお祝いをします。

    今年は日本とアイルランドとの国交樹立60周年の年にあたります。

    60年前といいますと、私は16歳のその夏にAFSの留学生としてアメリカへ旅立ったことも思い出されます。

    アイルランドの交流校

    今年の10月に麹町学園は中学2年生が初めてアイルランドに修学旅行に行くこととなり、まさに記念すべき年となります。

    生徒たちは、感受性の鋭いこの時期に海外の空気に触れ、多くを学びとってくれることと、自分の経験からも容易に想像できます。

    レセプションの入り口でバリントン大使にご挨拶しましたが、

    “秋に麹町学園の生徒がアイルランドに来るのを楽しみにしています。お隣同士ですからね”

    と暖かいお言葉をいただきました。

    アイルランドの大使館が麹町学園のすぐ近くにあることを言ってくださったのでしょう。

    当日は、アイルランドの料理や、名物のギネスビールなどでおもてなしいただいて、楽しいひと時を過ごしました。

    生徒達が素晴らしい体験をして思い出をお土産にもどってくれるのを心待ちにしていたいです。

    6月にはアイルランドのラグビーチームが来日して、日本代表との親善試合をするのも今から楽しみです。


    【注】シャムロック

    アイルランドのシンボル シャムロック(英: shamrock)は、マメ科のクローバー(シロツメクサ、コメツブツメクサなど)、ウマゴヤシ、カタバミ科のミヤマカタバミなど、葉が3枚に分かれている草の総称。アイルランド語でクローバーの意味の seamair または、若い牧草を意味する seamróg を、似た発音で読めるように英語で綴った語である。
    アイルランドで432年ごろに聖パトリキウス(パトリック)は「シャムロックの葉が3つに分かれているのは「三位一体」を表しているのだ」と説明し、キリスト教の布教に使ったと言われている。

    [ウィキペディアより]

  • 「セントパトリックスデー」

    3月17日、駐日アイルランド大使アン・バリントン閣下のご招待によるセントパトリックスデーのレセプションに行ってきました。

    会場では大使のスピーチを拝聴し、ケルト民族特有のフィドルやアイリッシュフルートなどの楽器の演奏、アイルランド料理なども用意されていて楽しくも賑やかな集いでした。

    アイルランド大使館は麹町学園から徒歩3分のところにあることから、先にも書きましたように親しく交流するようになり、麹町学園の教育への取り組みにも深い関心をもってサポートして頂いています。

    昨年は全校生徒に大使からアイルランドの文化についてお話をして頂きました。

    今年はアイルランドが1916年のイースターに蜂起してから100年にあたる年です。その蜂起から6年後の1922年12月にアイルランドは独立に至りました。

    3月17日は、「聖パトリックの日:St Patrick’s Day」、アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日です。アイルランドはもちろんのこと、海外のアイルランド系の方々が住む街でも、アイルランドのシンボルカラーの緑一色となります。

    1970年から6年間、私が商社マンとしてニューヨークに駐在していた頃、マンハッタンでもセントパトリックスデー、はまさに緑に染められた華やかで盛大なパレードが行われたことを思い出しました。

    当時はマンハッタンの消防、警察の人たちはアイルランドからの移民をルーツにしている人たちが多いという事も聞きました。

    また10年前まで私が携わっていたテーマパークUSJのニューヨーク地区には”フィネガンズ・バー・アンド・グリル“がありました。ブルックリンにあるアイリッシュ・バー・アンド・レストランにちなんで作った店で、そこではなんと緑色に着色したグリーン・ビールを提供していました。

    4月に麹町学園に着任するネイテイブの英語の先生はアイルランドの女性で、そのことを大使にお話ししたところ、大変喜んでいただきました。

    私がこれまでにお会いしたアイルランドの方はそれほど多くはないのですが、話される英語はいわゆる「訛り」がなく、フラットで聞き取りやすいという印象を受けました。

    麴町学園では今年入学する中学1年生が翌年の秋に修学旅行でアイルランドを訪れ、穏やかな首都ダブリンの近郊でホームステイをします。

    麴町学園の中学生にとってそれが、素晴らしい経験になることと信じています。

  • 「第69回全国私学教育研究集会長野大会での講演:その2」

    私は自分で言うのも何ですが、講演で奇を衒う事無く、粛々といつも通りにおちついて話しました。

    2006年に麹町学園の理事長に就任し、即、取り組んだ「防災」対策として「大震災マニュアル」作成、大震災で帰宅できない時のマニュアル作りについてお話しました。余談ですが、これは分かりやすいように色分けして「黄色」のマニュアルとなっています。

    「大震災マニュアル」に関する考え方、思想としては、以下の事が重要です。

    大前提として、生徒、教職員は安全が確認されるまで学校で待機する。

    また、意識したことは、

    ■危機管理のマニュアルは「平時」に作っておくこと。
    ■災害時指揮系統が崩れてもマニュアルに沿って現場は機能できる。
    ■誰が何をするかできるだけ具体的に記載する。
    ■出来ないことや問題点はあらかじめはっきりさせ、関係者に伝えておくこと。
    ■地域社会との関係強化。

    一番目の事は、当たり前と思われがちですが、意外とこれを「まだ大丈夫」と先延ばしすることが多々あります。

    それではダメなのです。

    「今でしょ」という言葉が流行りましたが、マニュアルをつくることはまさに今やる事が大切な「いろはの、い」なのです。

    重要なことは「スピード」「ノウハウ」「専門家・行政など、学外の人たちのアドバイス」です。

    マニュアルには「実行が早い」「誰がやってもできる」事が優先されます。

    「マニュアル」の狙いは以下の点にあります。

    ■目的:被災時在校者の生命をいかに守るか。
    ■条件:「停電し、都市ガス・水道が止まり、交通機関が停止した時」=最悪の事態を想定。
    ■内容:被災時、誰が・どこで・何を・どのようにやるかあらかじめ決めておき、事態が起こったら忠実に実行するため。

    他にも様々に「やるべき事」があります。

    しかし、マニュアルを用意して備蓄をしたからといって、それで大丈夫という訳ではないのです。

    それを必要十分なものとするには「ふだんの災害に対する意識付け(平時のシミュレーション)」が大切です。

    昨日、教職員による避難訓練が行われほぼ全員が参加しました。

    消火器の使い方については消防署の方に指導をうけました。

    AED、エレベーターに閉じ込められたときの救出講習など、3部門が対象でした。

    いつも見えないものに不安を感じる必要はありませんがまさに「天災は忘れたころにやって来る」のですから。

    生徒が明るい学園生活を送るために私は努力を続けます。

  • 「第69回全国私学教育研究集会長野大会での講演:その1」

    今日で2学期の期末試験がおわりました。すっかりお勉強ムードでしたが、せきを切ったように部活動がはじまりました。

    生徒たちがまず安心安全で充実した学園生活を送れるようにと心掛けてきた私ですが、つつがなく年の瀬をむかえられたことをなにより嬉しく思います。

    2015年の10月29日・30日、長野市内で実施された「第69回全国私学教育研究集会長野大会」で私は講師を務めました。

    大会のタイトルは「新しい時代を担う魅力ある私学教育 ~安心と信頼に裏打ちされた私学教育の充実を目指して~」です。

    この催しは日本私学教育研究所主催で全国の私立中学高等学校から学校関係者600名が参加しました。

    1日目は「基調講演」そして、2日目に「事例発表」として「大震災マニュアルと地域との連携」という演題を私が頂きました。

    その後にパネルディスカッション等が行われ、熱気に満ちた大会となりました。

    「防災マニュアル」「地域との連携」に関しては麹町学園の積極的な対応・展開として何度かこれまでもこのブログの中で述べてきましたが、生徒の安心安全を守ることについては何度繰り返してお伝えしても、これで足りると云う事はありません。何度でもリマインドしていくことが重要なのです。

    私が麹町学園の理事長を拝命し、プライオリティの高い課題として「防災マニュアル」の作成に取り組んだ事は以前にもお伝えしました。

    その必要性を痛感していたのは、かつて私がイラン住友商事の社長として「イラン・イラク戦争」の戦時下にその任に当たっていた事と、その後、USJの役員としてテーマパークの「楽しさ」の前提として「ゲストの安全」を第一に考える立場にあった事が自らの体験としてそのベースにありました。

    「防災」は当然ながら「人の命」に係わる事です。何よりもそれが優先されるのは当然の事です。

    ましてや、災害を超えたイラン・イラク「戦争」の中では、現実にミサイルが頭上を飛ぶ中で、70名の社員たち、関係者の方々の命を守るのは社長としての最重要課題でした。

    毎日がピリピリとした緊張感の中で、非常用の電源や移動手段、医療品、食糧などなど、ヘルメットからいざという時の脱出ルートなどを綿密に遺漏なく計画しなければなりませんでした。もちろん、そんな極限的な状況下にある社員のメンタルの問題も考慮しなければなりません。非常時に人の心は「ささくれ立ちやすく」なるものです。

    このように人の命に関わる経験をしたこともあり、私は麹町学園でもいざというときには地元の皆様との日ごろの関係作りが重要との認識を持ちました。

    地域の町内会、行政、消防署の方々との交流を深め、合同防災訓練の場として学園の玄関前などを利用していただいています。

    準備も大切ですが、「ふだんの交流による「助け合い」こそが最大の「防災」力へとつながるのです。

  • 「麹町学園百十周年記念式典にて」

    10月31日、穏やかな秋晴れの1日、麹町学園の百十周年の記念式典が挙行されました。

    麹町学園の生徒の皆さん、保護者の皆さん、素晴らしい歴史の1ページをありがとうございます。

    この日を共に迎えることができた喜びは、ひとことでは言い尽くせません。

    生徒一人一人が力を合わせて作り上げた催しの今年の学園祭では、若い皆さんに、この時代を生き抜く勇気と力をたくさん分けていただきました。

    これもまた、麹町学園110年の歴史のワンシーンですね。

    ここで、皆さまと一緒に麹町学園の歴史を少し振り返ってみたいと思います。

    麹町学園は、1905年(明治38年)、私の祖父、大築佛郎が創設して以来、この地に根ざしてきました。

    「女子教育の必要性」という祖父の大志は私の曽祖父の大築尚志から引き継いだものです。

    大築尚志は、当時、学問の盛んであった佐倉藩(現在の千葉県佐倉市)の藩士として生まれ、蘭学を学び、幕府の「蕃書調所」という洋学研究の最高機関に派遣されました。維新後は明治政府の高官を務めます。

    その折、同じ佐倉藩出身の津田仙(津田塾大学の創立者である津田梅子の父)と深い親交があり、ともに近代日本における女子教育の重要性を論じ合ったそうです。

    大築佛郎は明治12年に、尚志の長男として、東京、小石川に生まれました。私の母方の祖父になります。

    佛郎もその才を父尚志から受け継ぎ、東京帝国大学に進み、一時大学で教鞭をとり、地質学の研究で成果を上げていました。

    しかし、かねてより日本近代化のための女子の地位の向上とその教育が、欠かせざる重要な課題であることを深く理解していた佛郎は、そこに安住せず、1905年(明治38年)、全財産をなげうって私立麹町女学校(現麹町学園)を創立しました。

    「教育は、男子だけのものではない」。

    大築佛郎26歳の時です。

    麹町学園の全ては110年前のその時から始まり、そして今日に至っています。

    建学の精神のひとつ「良妻賢母」という言葉は古めかしいということで現代風に「聡明・端正」と表現を置き換えました。

    現在の麹町学園の教育ビジョンは「豊かな人生を自らデザインできる自立した女性を育てる」ということです。

    麹町学園創立初年度の生徒は14名でした。

    生徒数は次第に増加し、それに伴って段階的に木造校舎を拡張しますが、その校舎も1923年9月1日の関東大震災で全焼します。

    その後は教職員他、多くの方が復興の努力を重ね、1937年に鉄筋の校舎が建てられました。

    しかし、太平洋戦争が始まり、生徒たちは学徒勤労動員に駆り出され(工場で兵器部品の縫製をさせられたようです)、授業を離れざるを得ませんでした。

    そして、1945年5月25日、東京大空襲で校舎は一部の壁面を残して損壊しました。

    大戦直後には、かき集めた机や椅子などを使って授業が行われました。

    日々、仲間たちの安否を按じながら、無事の再会を喜び合ったそうです。

    きちんとした授業も難しい不自由な環境の中、教職員達の努力により、1947年、中学が併設されました。

    そして、日本の復興と共に本学園も歩みを進め、2003年に念願の新校舎が完成しました。採光と空間、耐震構造の建物です。

    明るい環境のもと、勉強できるということは今は当たり前なのですが、多くの関係者の方々のこれまでの献身に改めて、感謝をしたいです。

    110年間に送り出した卒業生は総数26,000名に及びます。

    それぞれが家庭人として、また企業人として立派に社会生活を送っていることは、誠に喜ばしいことです。

    私が11代目の理事長となったのが2006年です。

    誠に重い歴史を背負い、緊張を覚えましたが、私に課せられたものは、未来に向かっての本学園の姿を示す事です。

    時代は常に、決して安易には越えられないハードルとともに様々な姿で現れ、否応なく変わって行きます。

    しかし、その現実がいかに艱難辛苦であろうとも、「越えられない」事は無いのです。

    生徒の皆さんの人生もそうです。

    今は周りの人々、先生方に守られて生活していますが、やがて社会に出ると厳しい現実にも出会うでしょう。

    ハードルを乗り越えながら、たくましく生き抜いてきた先達、先輩たちを見習い、麹町学園の未来を共に築いて行きましょう。

    ▼ 学校の歴史

  • 「タイから中学生が麹町学園に」

    151013タイ中学生10月6日、タイから、奨学金制度で選抜された中学生の男女9名が、AFS日本協会のサポートにより、麹町学園を訪れました。

    麹町学園は海外の学生たちを受け入れることで、学園での国際交流の機会を生徒たちに提供しています。

    例年、7月にAFS日本協会による海外からの留学生のグループが学校を訪問しますが、昨年は新たに12月にも来ることになりました。10人前後の男女の高校生達で、国籍もアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、イタリー、スイスなどなどいろいろな国の若者たちです。

    今回、中学生の訪問は初めてでしたが、タイからの中学生たちは、単なる学校見学だけではなく、麹町学園の生徒たちと、「交流」を図りたいとの申し出があり、中学生各クラスでその為の時間を設けました。

    最初のセレモニーは、タイの中学生たちがパソコンのパワーポイントを使って、タイについてのプレゼンテーション。

    そして、来日前に相当練習したらしい歌”花“を日本語で披露。

    麹町学園の生徒がそのお返しに、合唱祭で歌った“勇気”を披露。その出来栄えに目を輝かせながら聞き入っているのが印象的でした。

    その後、タイの中学生たちに書道、茶道を体験してもらいました。

    カフェテリアでのランチでは、数人ずつに分かれて日本語と英語交じりで歓談。

    タイの中学生の中にはかなり日本語を話せる生徒もいました。

    通りがかった生徒たちも合流して、思わぬ賑やかなひと時となりました。

    短い時間の中でどこまで言葉による交流が図れたかは分かりませんが、人と人が接すること、それはお互いの「心」によるものであると思います。

    それぞれの心にこの瞬間の思い出が残ります。

    そしてその「心」にボーダーなどあり得ません。

    国、言葉、肌の色、宗教などの違いが、人と人を違う「心」にするはずがありません。

    世界はとっくの昔にボーダーレスとなっているのです。

    タイから日本にやってきた中学生たちは、翌日、福島に行くことになっていて、名残惜しみながら麹町学園を後にしました。

  • 「麹町学園 地域と連動した防災訓練」

    150916防災訓練秋から夏に逆戻りしたような快晴の9月11日。

    麹町学園で地域の皆さんとの防災訓練を行いました。

    訓練は町内会の消防団の皆さんが中心となり、企画・運営されました。

    参加したのは、町内会、消防署、区役所、地元の企業関係の方々、そして麹町学園の教職員と生徒たち。

    学園の玄関前の広場と駐車スペースを利用して、防災本部のテントを設置し、様々な体験をします。

    当日は熱中症を心配するほどの暑さとなりましたがみなさん、整然として、真剣なまなざしでの訓練がスタートしました。

    「地震体験車(震度7まで体験できる車)」
    「発煙装置による煙の体験」
    「AEDのデモンストレーション」
    「消火器の使用指導」など。

    中でも「AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器)」は、「どこにあって」「どのように使うのか」を知っておくことが非常に重要です。

    いざという時に慌ててしまっては、せっかくの「人の命を救う」装置が全く役に立たないこともありますから。

    ともかくこうした訓練は「体験をすることが大事」との呼びかけに応じて、各団体からも多くの方々が参加されました。

    麹町学園の生徒たちは、間もなく行われる学園祭の準備作業の合間をぬってきたり、あるいは下校の途中に参加したりしました。

    地震体験車にチャレンジした人数は生徒、一般参加者が150人を超えましたので、全体の参加人数はかなりの数となり、町内会や消防署の方々から、感謝の言葉をいただきました。

    「発煙装置」による「煙にまかれる」体験は、してみなければなかなかその状況を把握することはできません。

    視界は数メートルもありませんし、息苦しくなり、煙から逃れるべく、姿勢を低くして移動しなければなりませんがとっさの場合、気が動転して、冷静に行動するのは難しいかもしれないとも感じました。

    だからこそ、防災には地域の方々との連携、学園内でも日ごろからの「チームワーク」が重要です。

    「天災は忘れたころにやってくる」

    今日もよい1日にしましょう。

  • 「NO BOUNDARIES ON AMBITION」

    150708アイルランド大使6月24日の午後にうれしい出来事がありました。

    駐日アイルランド共和国大使を、商務参事官とともに麹町学園にお迎えしたのです。アン・バリントン大使閣下です。

    同大使館は麹町学園から歩いて2分程度。まさにお隣さんです。大使は日頃、日本とアイルランドとの経済、文化、教育の交流にご尽力されている方で、その大使が麹町学園を訪問されたのです。

    校長、国際部の先生、役員などと和やかな歓談の時間を過ごしました。

    私がUSJの役員を務めていたころニューヨーク地区に、”FINNEGAN‘S”という、アイルランド風のレストランがあって、3月の、アイルランドにキリスト教を広めたセント・パトリックのお祭りの頃に、「グリーン・ビール(緑色のビール)」を提供しているという話をしたところ、とても懐かしがられて、「グリーンの着色はどうやっているのですか?」と即座に問いかけが戻ってきたので興味をひかれた様子でした。

    グリーンはアイルランドのシンボルカラーで、3月17日のセント・パトリックデーはアイルランドの人々にとってはクリスマスよりも盛り上がる最大のイベントだそうです。この日はアイルランドがグリーンに染まる日です。

    大使に麹町学園の歴史などをお話し、秋の百十周年式典には、予定が合えば、ぜひ出席しましょう、また、別の機会があれば、、生徒の皆さんにアイルランドのお話などをしに来ましょう、とありがたいお申し出。

    「折角なので、是非生徒たちになにか一言送る言葉を」とお願いしたら、” NO BOUNDARIES ON AMBITION” との言葉を贈っていただきました。「大きな夢を持つこと、に枠をはめないこと」とでも訳せば良いのでしょうか。

    お別れの際、大使は気さくに「これを契機に、お互い隣同志ですからよろしく」との言葉を残されて、麹町学園通りを歩いて行かれました。

    麹町学園は、そんな環境の中にある学校です。

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