校長ブログ

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  • 「伝統の上に成り立つ改革」

    何か新しいことに臨む時、往々にして鼻息が荒くなり、思わず要らぬ力が入るものです。そうはならぬよう、常々自戒はしています。

    しかしながら、「その時」にしか出ない力があることも確かです。

    まず、その力で以って考えねばならないことは、110年の伝統の上に立つ「豊かな人生を自らデザインできる自立した女性」を育てるという、今日の麹町学園の精神を、「如何に、より具体的な成果として発展させていくか」ということに尽きると思います。

    これがまさに「伝統」という強い地盤の上にこそ成り立つ「改革」であると考えます。

    「成果」というものは宙に漂うように現れるものではありません。「盤石の地」の上に「積み重ねて」こそ、得られるものです。

    麹町学園の今日の精神こそが「伝統」に支えられた盤石の地であり、そこに積み重ねるべきものは「見える力」、つまりは学ぶ力です。

    明治の高名な教育者である新島襄(にいじま じょう:同志社英学校、後の同志社大学の創設者)の、「知性・品性を磨いた女性は、時に男性を超えて世の中を動かす」という言葉があります。現在に比べて、まだまだ女性の社会的立場が決して強くは無かった時代の言葉です。

    麹町学園の目指す教育目標「聡明・端正」をその「知性・品性」に重ねてみれば、(男性を相手にする必要はありませんが)、「見える力」を積み上げることにより、女性としての「社会力」とでも云えば良いのか、「豊かな人生の力」をその身に備える事ができると考えます。

    ただ、ここで誤解して欲しくないのですけど、「見える力」というものが、ただ単に数値で測れる学力のみではない、ということです。

    バランスが必要なのです。「覚えるだけで身につけた学力」は、往々にしてすぐに萎えてしまいます。そこに「考える力」が備わらなければ「豊かな力」とは程遠いものとなってしまいます。

    学校も「あるべき姿」を求めます。皆さんも「あるべき姿」を求めてください。そうそう簡単に答えが出ないから「考える」のです。

    「伝統」の上に立ち、焦ることなく、着実にその力を積み上げていきましょう。

    それを表現するなら、「コツコツと」、です。

  • 「伝統が作り上げる学校の風味 それは『らしさ』」

    この、一年で最も素晴らしい「自然が芽吹く」季節に、新しく麹町学園の校長を拝命致しました。

    永く関西に住んでおりましたので、この東京の雰囲気に早く馴染もうと、その居を東京の真ん中、護国寺に構えました。本音を言えば、まさにまだ右も左も分からないと云った状態です。正直、地方から東京の大学に入学してきた学生たちと、あまり変わりません。

    ですが、新校長として学校の事はそういう訳にはいきません。特に気負うとか急ぐとかいった気持ちは無いのですが、まずは学校の事を可及的速やかに、肌で感じ、頭で理解しなければなりません。

    麹町学園での私の第一印象は「生徒たちの顔が穏やか」なことです。

    中学校、高等学校それぞれの生徒会長と話をしました。率直に麹町学園の良いと思う所を尋ねたところ、それぞれが「先生と生徒との距離が近い」という、同じことを答えました。

    全教師との面談でも同じような事を耳にします。「麹町学園は、面倒見のいい学校との定評があります」と。

    これがまさに永い年月に培われた「伝統」というものなのでしょう。単なるフレンドリーというよりも、それは「学校と生徒とが共有する信頼関係」と云った方が適切でしょう。一朝一夕に作り上げられるものではありません。

    建学の精神に基づいた教育は、110年の間に、「風味」を創り上げます。それは「らしさ」です。「麹町学園らしさ」としてもたらされたものは「絆」の一言で表現できます。これはこの先、何年経とうが失われることは無いでしょう。それが「伝統」の力です。

    しかしながら、「では、次なる伝統の嚆矢(物事の初め)は?」と自問します。これは持論ですが、永続する「伝統」は「伝承」、つまり、「そういうものだ」という予定調和的な雰囲気を持ってしまうこともあります。

    そこにこそ「伝統の上に成り立つ改革」という、私の最初の仕事があります。一言で云うなら、あの松尾芭蕉が提唱した「不易流行(ふえきりゅうこう:普遍的な本質は、常に変化する中にある)」。

    私自身が「伝統」に頼るようなことがあっては、新たな時代・社会の要求する「あるべき姿」は見えてこないでしょう。

    さあ、私の最初の大仕事が始まります。